professional wrestling

1980年代の金曜日夜8時テレビの前にいつも釘つけになっていました。

朝日放送で放送されていた「ワールドプロレスリング」を見るためでした。

当時は今のように大型のテレビ画面がどこにでも有るわけではなく我が家は18インチ位の大きさのテレビ画面でしたが、その画面のなかをピョンピョンとまるでマンガの主人公のように飛び回るプロレスラーがいました。

「タイガーマスク」です。

テレビアニメで見たタイガーマスクの動きと何ら変わらない動きで飛び回るプロレスラータイガーマスクに我が家は心を奪われたのです。

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プロレス最強列伝!日本のプロレスリングの発祥は?

当時はプロレス団体と言えば、アントニオ猪木氏が率いる新日本プロレスリングとジャイアント馬場氏が率いる全日本プロレスリングが主流でした。

その新日本プロレスリングに彗星の如く現れたのが「タイガーマスク」でした。

覆面を被ったレスラーは当時ミルマスカラスと弟のドスカラス位でメキシカンプロレスの刺客としてルチャを駆使した動きの激しいプロレスで勿論人気がありました。

その人気を全て奪うほどの人気と実力を兼ね備えていたタイガーマスクはある意味当時最強だったかもしれません。

そもそも日本のプロレスリングは力道山が起こしたと言われています。

力士を引退した力道山がアメリカに渡りアメリカフリーメーソンの団体の慈善事業で行われていたショーの練習に参加しプロレスラーに転身して日本プロレス協会を作ったのが始まりだそうです。

力道山が亡くなった後様々な揉め事や紆余曲折があって今日のプロレスリングがあります。

そして日本プロレスから分裂して看板選手のアントニオ猪木とジャイアント馬場が立ち上げた二つの団体を中心にプロレスリング全盛期を構築していきます。

なぜ日本プロレスは分裂したのか?

力道山の亡くなった後、当時ジャイアント馬場の頭文字Bとアントニオ猪木の頭文字Iを取って二人の組むタッグの事を「BI砲」と呼び日本プロレスの大エースでした。

当時のテレビ放送は日本テレビが放送していたのですが現在の朝日放送の前身の放送局も放送したいと願い出たのです。

経営側は利益的に歓迎しましたが日本テレビ側は面白くないと言うことで馬場と当時柔道から転身したばかりで人気のあった坂口征二の試合は放送しないという条件付きでは有りますが2局放送されることになります。

今では考えられないことですが朝日放送の前身局は人気ナンバーツーだった猪木を全面に押し出した放送をするとコブラツイストの熱き若獅子として大人気を博したのです。

日本プロレスの人気者は馬場だけでなく馬場と猪木が人気を二分するようになり二人の折り合いも少し悪くなったという説もあるそうです。

そんな状態の日本プロレスの幹部に横領の噂がありそれを諌めた猪木がクーデターを起こしたと言うことになり永久追放されることになったのです。

猪木が居なくなると猪木メインで放送していた朝日放送の前身の放送局は困り馬場の試合も放送できるよう要求しました。

日本プロレスは安易に大丈夫だろうと要求を承諾しましたが日本テレビで放送していたスポンサーが大激怒して放送打ちきりとなってしまいます。

その後ジャイアント馬場が日本テレビを後ろ楯に全日本プロレスリングを旗揚げして同時にテレビ放送が始まったのです。

放映権収入が日本プロレスは最終的に無くなり興行活動を停止しました。

日本のプロレスリング黄金期を作った全日本プロレスリングと新日本プロレスリング

現在プロレス団体は王道全日本プロレスリング、ストロングスタイル新日本プロレスリングの他ノア、みちのくプロレス、ドラゴンゲートや大日本プロレスの他、大小様々な団体が存在します。

1970年後期から1980年代のプロレス黄金期を作ったのはジャイアント馬場こと馬場正平が立ち上げたプロレスファンから王道と呼ばれる「全日本プロレスリング」とアントニオ猪木こと猪木寛二が立ち上げたファンからストロングスタイルと呼ばれる「新日本プロレスリング」です。

王道プロレスとストロングスタイル

全日本プロレスリングのプロレススタイルを「王道プロレス」と呼びます。

これはジャイアント馬場が提唱するプロレスのスタイルで馬場プロレスと呼ばれたりします。

プロレスリングとは殴られても蹴られても身体を鍛えて耐えるものだと受けることの大切さを語ったと言います。

肉体的精神的に鍛えて試合に臨む受けの美学に拘った試合態度若しくは心を「王道プロレス」と呼びます。

一方の新日本プロレスリングのプロレススタイルをストロングスタイルと呼びます。

強さによる実力主義を全面に押し出したスタイルで闘魂プロレスと呼ばれる事もあります。

アントニオ猪木がKingofsportsを提唱し「いつなんどき、誰の挑戦でも受ける」「プロレスこそ最強の格闘技」と公言して後に猪木イズムと呼ばれるスタイルを打ち出しました。

力道山の怒りによるケンカのような凄みを見せるプロレスとカールゴッチのような技の技術による攻防を見せるプロレスを兼ね備えたプロレスをストロングスタイルだと自伝のなかで述べています。

日本のプロレスは力道山からの系譜でジャイアント馬場とアントニオ猪木の二人の巨頭が多くのレスラーと作り上げ日本に定着させたスポーツです。

現在のプロレスは二人の流れを汲むレスラー達ばかりでしょう。

最近は女性のファンも多くいるようです。

猪木イズムに馬場スタイル時はたっても熱き心は受け継がれていくのでしょうね。

プロレスの原点を知って見るとまた違った楽しみかたが出来るかもしれませんね。

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